大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)2768号 判決 1966年1月26日
原告 桝形豊吉
被告 佐多直康 外八名
主文
大阪市東淀川区加島町六〇〇番地、田一反二畝二八歩は原告の所有であることを確認する。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事 実<省略>
理由
主文第一項掲記の土地がもと佐多愛彦の所有に属したこと、同土地につき大阪府知事により自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に基き、昭和二三年三月二日を買収時期とする農地買収処分がなされ、次いで同法第一六条に基き原告に対し右同日を売渡時期とする売渡処分がなされたことは、いずれも当事者間に争いがない。(証拠省略)によれば、原告はみぎの買収処分のなされる以前から本件土地を耕作して占有していたこと、および原告に対する前記売渡処分の通知書は昭和二四年四月五日付をもつて発行され、原告はその頃これを受領したことを認めることができ、みぎの認定を左右すべき証拠はない。
原告がみぎの売渡処分を受けた直後本件土地を所有の意思をもつて平穏かつ公然に占有したことについて、被告はこれに反する主張も立証もしない。被告は、原告が当時本件土地の賃借権を有せず、しかも本件土地が近い将来使用目的を変更すべき土地であつたことを知つていたから、原告は前記買収処分および売渡処分が無効であることを知つていたものであり、かりにこれを知らなかつたとしても、知らなかつたことにつき過失があつたと主張するので、この点につき判断する。
先ず、被告は原告が本件土地の賃借権を有しなかつた旨主張し、被告佐多直康本人尋問の結果中にも、佐多愛彦は本件土地を原告に賃貸したことがない旨の供述が存する。しかし、(証拠省略)によれば、本件土地の所有権は明治三三年一〇月一〇日家督相続により伊藤九兵衛に帰属したものであるところ、その後大正九年田中藤九郎に、大正一四年鈴木房吉に、昭和一〇年浅野精治に、そして昭和一一年二月四日佐多愛彦に、順次所有権移転登記手続がなされたものであることを認めることができ、他方原告本人尋問(第一、二回)の結果中には、本件土地は原告の先代が賃借し、原告は明治四一年賃借を承継して引続き耕作し、管理人に小作料を納めていたもので、売渡処分を受けるまでの間、何者からも賃借権を争われたことがなかつた旨の供述部分が存するところ、これらの証拠と対比するときは、前記被告本人尋問の結果は措信し難い。証人松田茂七の証言も被告の主張事実を認めるに足りるものではなく、他に被告の主張事実を認めるにたりる証拠はないから、被告の前記の主張は理由がない。
次に被告らおよび佐多可世子と大阪府知事との間において本件土地の前記買収処分の前提たる買収計画を取消す旨の確定判決が存すること、および同判決は、本件土地が近く使用目的を変更すべき状態にあつたことを理由としてなされたものであることは、当事者間に争いがない。被告は、原告は前記売渡処分にみぎのようなかしが存することを当初から知つていたと主張するが、かかる事実を認めるにたりる証拠はなく、かえつて(証拠省略)によれば、前記買収・売渡処分当時本件土地は大阪市西郊の田園地帯にあり、周辺は一、二の工場を除き一面農地であつて、その状態は昭和三一年頃本件土地の近辺に市営住宅群が建設されるまで続いていた事実、および原告は前記売渡処分を受けた当時本件土地の周辺が将来宅地化することを全く予想していなかつたことを認めることができ、みぎの認定を左右するにたりる証拠はない。これらの事実によれば、本件土地が前記売渡処分当時において近く宅地化すべきものであつたとしても、原告がその事実を知らなかつたことについて過失がなかつたと認めるのが相当である。
してみると原告は前記売渡処分の通知を受けたときから本件土地を所有の意思をもつて平穏、公然に占有し、かつ占有の始め善意無過失であつたというべきであるから、おそくとも昭和三四年四月中旬頃には、一〇年の経過により原告のため本件土地の所有権につき取得時効が完成したということができる。
佐多愛彦の死亡および被告らの相続に関する原告の主張事実については当事者間に争いがない。
被告らは、佐多愛彦が前記買収計画の取消を求める訴を提起したことにより、原告のための取得時効は中断したと解すべきであると主張する。しかし、民法第一四七条にいう請求とは、本来時効進行の利益を有する者に対する権利主張を指称すると解すべきであり、しかも取消訴訟の原告は、取消を求める行政処分または裁決に関連する原状回復の請求を、取消訴訟と併せて、もしくはこれと別個に提起することができるのであり、このことは行政事件訴訟特例法の施行時においても同様であつたから、かかる関連請求の訴の提起を怠り取消訴訟のみを提起した者に対し、ことさらに前記の一般的解釈を拡張して保護を与える必要は豪も存しないといわなければならない。このことは、民法第一六二条第二項の適用についても全く同様である。被告のこれらの主張は、すべて採用すべき限りでない。
以上判断したとおり、原告の主張は理由があり、被告の主張はすべて理由がないから、原告の請求を認容し、訴訟費用は敗訴当事者の負担すべきものとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 大和勇美)